借金取り立て日記、借金の取り立て屋山崎幸一郎のウエブログ
取り立て屋コムは、借金取りの山崎幸一郎が執筆した宝島コレクション「東京カード物語」や、原作となったTBSドラマ「ザ・カード社会(本木雅弘主演)」に関するブログです。

借金やお金にまつわる様々な人間模様のドラマです。 借金を通して、見えてくるおもしろ可笑しい借金人間模様です。

近々、より充実した借金や自己破産といった、お金に関わる借金の総合情報サイトにしていく予定です。


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借金取り立て日記、借金の取り立て屋山崎幸一郎 借金取り立て日記はケータイアクセスにも対応してます。URLはPCと同じ、htp//toritateya.comです。

借金取り立て日記、借金の取り立て屋

<第32話>住居不定のDC野郎-2 ( メールマガジンバックナンバー )
 この秋元に関しては住所変更の形跡はなかった。 「フーッ・・・」  出るのはため息ばかり。隣の吉岡を見ると、まるで何かに憑かれ たようにディスプレイに向かっている。いつものようにキーボード の前に座り、いつものように指が動いていく。
 よく考えてみるとこれはちょっと恐ろしいことなのかもしれない。
条件反射といっても、人間はそこいらのモルモットとは違う。まあ、
吉岡の場合はそれに近いか。何しろ考えるということを知らないん
だからな。

「どうしたの?」

 その吉岡が甘ったれた調子で話しかけてきた。こういう表情だけ
は一人前なんだから。
「うん、いやチョットね。考え事していたもんだから・・・」
「最近変よ、ヤマザキさん」

 吉岡友美、23歳。渋谷にあるそこそこの有名短大出身で、なかな
かの美形である。趣味でやっていたテニスのせいではないだろうが、
スタイルもいい。しかし、頭が、悪い。仕事は腰掛半分、面白半分。
だから当然、できない。男女機会均等法なんていっても、こういう
女の子が少なくならなければお題目だけに終わってしまうだろう。

「まだ例の男、見つかんないの?」

 口数とシワ数の多い吉岡が執拗に食いさがってくる。

「でもなんか素敵ね」
「何が」

 僕はたまりかねて睨みつけてやった。

「だって、DCブランド着て、住所はあるけど家がないなんて。ミス
テリーロマンみたいじゃない」
「しつこいんだよ、お前は。オレはいま、仕事してんの」

 話し相手がいないとわかると、吉岡はようやくキーボードを叩き
出した。

「ヤマザキ、机にへばりついても、金はやってこないぞ」

 デカイ声が飛んできた。瀬川部長だ。いつもは人の担当には一切
無関心、回収実績だけに目を光らせている部長でさえも、今回だけ
はニヤニヤしながら途中経過を楽しみにしている。外勤から帰れば、
みんなが『どうだ、見つかったか?』と口を揃えるように聞いてく
るし・・・。まぁ言ってみれば、わが顧客部全員が、僕の一挙一投
足を、手に手をとって、見てみぬふりをしているわけです。

 こうなれば、男・山崎幸一郎、何が何でもこの手でホシ?を挙げ
なくては・・・。

 電話を持っていないというのは支払い不良者にはよくありがちな
ことで驚くことではなかった。

 しかし、この22才のDC野郎は電話はおろか『家』までもなかった。
袋小路に入った時は、最初から推理を組み立てなおしてみる。そう
だ、原点に戻る。僕はデスクの上の航空地図を手に、エスカレー
ターを駆け降りていた。

<第31話>住居不定のDC野郎-1 ( メールマガジンバックナンバー )
場所は間違いなかった。埼玉県の草加市との境にある足立区保木間。 雲をつかむ話、というのはこのことかもしれない。ミステリーフ ァンの僕ならずとも、ワクドキものの『事件』である。
 道具ダテもいいし、スケールも大きい。洒落もきいていて、思わず
感心してしまう。名探偵が宿敵とあいまみえる時のあの震えと心地
よい緊張感。これですよ、これ。僕は久しぶりに煮詰まっていた。

 デスクの上には一冊の航空地図が広げられている。そこには僕が
この手でつけたマーカーがくっきりと赤い円を描いていた。これは
航空写真を地区別にまとめ一冊にしたもので、僕らの業界では基本
資料の一つになっている。

住宅密集地帯が多い僕の担当地域ではこれがなかなか威力を発揮
する。住居表示が不規則なので、確実な目標物を頭に入れておかな
いと一軒の家を探すのに何十分もかかってしまう。

これでは仕事にならない。初めて外勤をかける時は必ず事前にこ
の航空地図でチェックをし、平面と立面から住居を押さえていくよ
うにする。最近では税務署の固定資産税の調査などにもこの航空写
真が使われている。

そういえば、茨城あたりの建売分譲地では、大手のディベロッ
パーが購入したお客へのサービスとして、自分の新居を撮影した航
空写真をプレゼントしたり、東京の営団地下鉄が『地下鉄博物館』
を訪れた人にその付近の航空写真をサービスしたりと、隠れた流行
物にもなっている。自分の家をこんな形で自己主張させたい人もい
れば、ボクの追っかけているホシのように、一切の痕跡を残したく
ない人もいる。世の中いろいろである。

 職業不明。過去に支払い不良実績なし。年齢22才。性別、男。氏
名、秋元光男。購入商品『メンズビギ』のスーツ。そして、カード
契約時に記載された住所。これが僕の知っている、その男のすべて
のデータである。

 僕のクレジット会社は三ヶ月に一度はカード所有者にダイレクト
メールを送り、それによって住所変更の有無を確認するシステムを
採っていた。

一度送ったダイレクトメールが宛先不明や転居先不明として送り
返されてくれば、その顧客は住所を変更していることになる。従っ
て、仮にある人が引越していても、次に何かクレジットで買い物を
するとその売り場のディスプレイに『要住所確認』の指示が出るの
で、住所確認が確実に売り場で行われているはずであった。

<第30話>ゲイバー勤めの悲しき一生-5 ( メールマガジンバックナンバー )
 愛知県にあるという岩田の実家に電話をしてみた。 「岩田良さんは最近どうしてらっしゃるかご存知ですか?」 「さぁ、ここ一年くらい連絡もないし、こっちに帰ってもこないし、 ちょっとわからないね〜」
 他人事のような無関心な答えが返ってきた。母親のようだった。

「どちらさんですか」
「昔の友達なんですが━━━━最近連絡がつかなくてどうしてるか
なと思いまして」
「それだったら吉祥寺の叔父さんが知ってるかもしれないね。そち
らに連絡してみてくれますか。ああ、それと、もし良と連絡がとれ
ましたら、コチラにも電話するよう伝えてください。ついででいい
ですから」

 愛知県出身の22才。職業、ゲイボーイ。下町の六畳一間のアパー
ト住まい。吉祥寺に叔父一人。保証人は彼の勤めるゲイバーの経営
者。多重債務者・・・。
 おぼろげに見えてきた岩田の生活環境も、いくつもの点があるだ
けで、一本の線として彼の全体像を映してはくれない。突破口の見
つからない、ファミコンのRPGみたいなものだ。僕はほとんど諦め
かけていた。

「ヤマザキさん、二番」

 吉岡友美が無愛想な表情で、指を二本出しながら言った。俺はキ
ャバクラのホステスじゃないっていうのに。月曜日の午前中はいつ
もこんな調子なのだ。

「誰?」
「2、ば、ん」

 不機嫌な顔が一層ひどくなってきた。それにひきかえ、金沢温子
の可愛いこと。何曜日だろうと朝は『おはようございます』帰りは
『お疲れ様でした』。デスクに就くやいなや、さっと、麦茶が出て
くる。

「はい、山崎ですが」

 僕は腹立たしいのを我慢して、努めてさわやかな声で受話器をと
った。

━━━━━━『岩田良が自殺した』━━━━━━

 皮肉にも彼の行方を教えてくれたのは、警察からの電話だった。
僕の氏名を確認すると事務的に事実だけを知らせてくれた。隅田川
に投身自殺をしたという。僕はあわてて彼のアパートの大家さんに
連絡を入れた。しかし、もうすでに一報が入っていた。
 明日、叔父さんと愛知の両親が本人の部屋にくる。今後の支払い
の件も含め、じっくりと話をしたいので、ぜひ立ち会って欲しい、
という。

「どうしても行かないとまずいですかね」

 僕は率直に大家に尋ねてみた。

「いや、それは無理にというわけではないんでしょうが・・・。た
だ、返済の件は自分で話を聞いた方が早いでしょうし、私はそんな
話はできませんから・・・」

 確かにそうである。大家の最後の言葉が、僕に決心をさせた。

「どうも本当に、いろいろ息子がご迷惑をかけたようで・・・」
「いぇ、そんなことは・・・」

 僕はどんな顔をしていいのかわからず、すがるように隣の大家さ
んを覗き込んだ。
 遺書らしきものもなかったようで、自殺の原因は定かではないら
しい。ただ警察では、いくつもの支払いの追われ、にっちもさっち
もいかなくなってのうえで、という見方をしているようだ。僕に関
連した債務については、すべて両親が肩代わりしてくれるという。
 外に出ると九月の太陽が夏の終わりを告げていた。アスファルト
の熱気だけが、わずかに季節の名残を留めていた。

 岩田良がゲイボーイだったことだけは、どうしても僕の口からは
言えなかった。

<第29話>ゲイバー勤めの悲しき一生-4 ( メールマガジンバックナンバー )
 オネエ言葉で話す男の顔には、虚しく化粧が浮いていた。40はと うに過ぎているだろう。首や胸のあたりが寒気がするくらい白く、 細面の顔を妙な具合にミスマッチして異様な世界を醸し出している。
「あぁ、確かに、この印鑑と文字はワタシのだわ。そういえば、三
年ほど前に、何か印鑑ついてサインしたような気がするワ・・・」

 簡単にそんな事言うなっての。保証人といえば、保証人なんだか
ら。どうも日本人は契約に関して、無頓着というか、無知というか。
これだからトラブルがなくならないのだ。

<第29話2>ライバルは、ヤッチャンがらみのサラ金屋-1

「誰か、岩田さんと仲の良かった方はいませんかね、お店の人で」
「そうネ、洋チャンかしらネ。ネェ、洋チャンここに呼んで、ハ
リーよハリーアップよ」
「ママ、何よそんな急いで。オシッコちびっちゃったじゃないの。
アラ、コチラ素敵!アタシ、ママのお下がりでもいいワ」

 額がだいぶ後退しているが、まだ二十代半ばだろう。もっともこ
の世界ではもうオバン?といわれるのだろうが。背もスラッとして
スタイルはいい。

「良チャンのこと聞きに来たのヨ。ええ、お名前聞いたかしら」
「あぁ、山崎です。山崎幸一郎」
「ナニヨ、良のお客。知らないわよ、アタシ良なんて」

 僕は慌ててこれまでのいきさつを話した。

「イヤァネ〜。カード屋さん。アタシあんたのところのお客様ヨ。駅のそばだし学生時代からお世話してんだから。毎月泥棒ねこみた
いにお金もってっちゃうんだから。
 僕は一瞬ヒヤっとしたが、最後の言葉を聞いて胸をなで下ろした。
「お客には人気があったわ。やさしいし、女の子っぽいしネ。アラ、
もちアタシも女よ、ネェ、触ってみる?」

 僕が岩田の客でないとわかると、洋チャンは急に膝の上に手を置
き、胸?をくっつけてきた。

「ダメよ、逃げても。アタシ、静電気って呼ばれてんだから」
「静電気?」

 僕は身をかわしながら思わず聞き返した。

「そう、静電気。あたり構わずすぐ、まとわりつくのヨ」
「最近の岩田さんどうでしたか?」

僕は話題を岩田の方に向けようと意識的にシビアな表情を作った。

「一度いかにも、コレっていう感じの客が来たでしょう、ママ覚えてない?一週間ほど前ヨ、良が来なくなるちょっと前」

 洋チャンは、細く長い人差し指で右の頬に線を書いた。

「あぁ、アレネ。それじゃああの人たちもコチラのお仲間?」

 どうやら岩田は悪質な金融業につかまったみたいだ。こうなると
僕のような堅気のサラリーマンはかなわない。

「すると、そのヤッチャンたちが来てから急に姿を消したわけです
ね、岩田さんは」
「そうネ、ちょうどあの次の日からネ」

 最悪のケースになりそうだった。僕にも、岩田にも。

「引越したなんて聞いてませんよね」
「ゼンゼ〜ン」

 ママと洋チャンは声を揃えて言った。
 保証人が見つかっても岩田本人が見つからなければ何ら本質的な
解決にはならなかった。手掛かりがないばかりか、一万五千円もふ
んだくられてしまった。

<第28話>ゲイバー勤めの悲しき一生-3 ( メールマガジンバックナンバー )
 岩田のカード契約時の保証人には、勤務先の経営者がなっていた。 北区・赤羽にあるその保証人の自宅に電話を掛けてみると、平日の 昼間だというのに電話口に出てきた。
「岩田良さんは最近会社にはいらっしゃいますか?」
「カイシャ?」
「ええ」
「あぁ、会社ね。いえ、それが全然お店に来てくれなくて困ってる
のヨ。お客さんにも聞かれるし、あれで、結構人気があったから。
それで良ちゃん、どうかしたの?」

 ちょっと妙な具合だ。ハスキーボイスとわざとらしい抑揚のある
喋り口が、どうも気になる。

「実は岩田さんが当社のクレジットカードでお買い物をなさったん
ですが、そのお支払いが大分遅れておりまして・・・」
「そんなこと、アタシに言われたって」
「しかし、岩田さんの保証人になっておられますので」
「チョ、チョット、待ってちょうだい。何のこと、それ。アタシ、
良ちゃんのクレジットの保証人なんかになった覚えはないワよ」
「そういわれましても・・・。手元には契約のときの印鑑とサイン
がありますので、一応お持ちいたしますから確認して頂けます
か?」

 『ノンノ』という店は新宿の歌舞伎町にあった。岩田の勤めてい
る店に行けば、誰か同僚で彼の行方を知っている人がいるかもしれ
ない。そう思って、何年かぶりに歌舞伎町までやってきた。地下一
階にある店のドアを開けると、カラフルなスポットライトを浴びて
数人の女たちがステージの上で決して上手とはいえない踊りを披露
していた。

「ママ、呼んでもらえますか」
「アラッ、こちらはじめてネ。ママ〜ッ、童貞様おひとりご案内〜」

 店中の視線をいっせいに感じて、僕は思わずトマトになってしまった。

「どうも〜。ワタ、シ、が、マ、マ、よ。なんて、歳がバレちゃうわね」
「あのぉ、昼間お電話した・・」
「何だ、クレジット屋さんね」

 いやな予感が的中した。ママは『女』だった。ということ
は・・・。という、ことなんだ。僕はひとりで納得してしまった。

「ずいぶん、若い女性のお客さんが多いんですね」
「ブスばっかりヨッ」
「そうですかね。みんな、ワンレン、ボディコンで、いいと思うけどナ」
「今はネ、ワンレン、ボディコン、ハイレグ。っていうノよ」
「ハイレグって、あのハイレグですか?」
「そう、それも下着よ。盛りのついた犬みたいにサ、ホント、いやらしいんだから」

 この手の『女』は同性に?辛辣なんだから。

「でも本当に困っちゃうワ〜、良ちゃんにはワタシも200万くらい
貸してんのよネ・・・・・」

<第27話>ゲイバー勤めの悲しき一生-2 ( メールマガジンバックナンバー )
「はぁ〜い、どなた?」 「隣の岩田さんの知り合いの者なんですが」 「はぁ?」  ゆっくりとドアが開き、身体全体で寝不足を表しているような男 が顔を見せた。
「お休み中申し訳ありませんが、私は隣の岩田さんの友達なんです
が、最近全然連絡がないので心配になって見にきたんです
が・・・」
「お隣、岩田さんっていうんですか。知らなかったなぁ」
「元気にやってんですかね?」

 僕はいかにもという顔をして聞いてみた。支払い不良者は大体に
おいて自宅にはいない。そこで頼りになるのが隣近所だ。支払い不
良者の年齢、職業、性別、住居など手持ちのデータから相手の生活
環境、ライフサイクル?を推理する。

そしてある時は幼馴染、またある時は宅急便、またある時は友人、
仕事の同僚、親戚・・・と、数え切れないほどの関係者になって行
方を聞き出すわけだ。

「いつもいるかいないかわからないんですよ。僕も仕事が不規則で
すし」
「そうですか」
「誰か私のほかに知り合いの人とか訪ねてきませんでしたかね?」
「さぁ?あのぉ、僕そろそろバイトがあるんで」
「あっ、どうもお忙しいとこすいませんでした。どうもありがとう
ございました」

フリーアルバイター。そんな感じのする男だった。

 ●お店じゃ、売れっ子ナンバー1

「岩田さんはいつ帰っているのか全然わからないんですよ。新聞屋
さんにも同じことを聞かれ、あたしも困ってね。ウチの家賃はいつ
でもいいんですがヨソ様は、ねぇ」

 いつも決まって電話口に出てくる大家さんとはお友達になってい
るのに、肝心の本人とはコンタクトすらとれない。

「どこ行ってんでしょうネ」
「さぁ、どこ行ってんのやら・・・」

 とりとめのない会話は、とりとめのないまま終わった。

 岩田のアパートにはそれから何度か足を運んでみたが、いつも聞
こえるのはノックの音だけだった。ある日、ドアのところに請求文
書と手紙を挟んで、翌日再び訪ねてみた。

すると、昨日挟んでおいた請求文書と手紙がなくなっていた。

間違いなく岩田は、昨晩帰ってきたのである。念のため、玄関のポ
ストを覗くと、見覚えのある他の信販系のクレジット会社からの督
促状が入っていた。岩田は多重債務者だった。

<第26話>ゲイバー勤めの悲しき一生-1 ( メールマガジンバックナンバー )
「どうも、初めまして山崎です・・・」  月並みな挨拶をすませて顔を挙げると、大家のホッとしたような 顔が眼に入ってきて、僕も度胸を決めることにした。
 愛知県から出てきた両親と東京での身元引き受け人的存在の、吉
祥寺に住む叔父。母屋に住んでいる生真面目と投げやりが同居して
いる大家。そして僕の、五人。六畳一間に、気まずい空気がドッカ
リと居座っていた。

真新しい黒の扇風機だけが、素知らぬ顔で首を振っていた。いつ
の間にか顔見知りになってしまったあの大家からの一本の電話が、
僕をこの場に呼び寄せてしまった。

「一体、良に何があったんでしょう。誰か教えてくれませんか?」

 30年間教師一筋に生きてきたという父親が、落ち着いた物腰で誰
というあてもなしに尋ねた。

「一年ほど前までは、よく家にも御飯を食べに来ていたんだが・・・」

 転勤の連続からやっと解放され、マンションを手にいれた矢先に
この事件。オレだって迷惑してるんだ。そんな他人ごとのような響
きがこの叔父の言葉にはあった。

「外で会った時なんか、とても礼儀正しくてね。家賃もキチンと頂いてましたから」

 大家は大家で気を遣っている。僕は僕で場違いな所に来てしまっ
たという後悔で、ただただ黙っているだけだった。なにしろ岩田の
顔さえ知らないのだから。それでも岩田の家族は、僕のことを事前
に大家からでも聞いてるんだろう、明らかに好意を持っていないこ
とはこの部屋に入ったとたん感じていた。

 こんな仕事をしていると、一人や二人忘れがたい人間に出会うこ
とがある。岩田良も、そんな一人だった。話はおろか顔も合わせた
こともないというのに。

 共同玄関、共同流し、共同トイレ、おまけに呼び出し電話。ア
パートというより昔の下宿屋に近いようなところに、彼は住んでい
た。玄関を入ると、銭湯の下足入れのような共同の下駄箱があった。

ただ違うのは札と番号がないだけだ。磨り減った廊下は磨きよう
がないほど鈍い色を放っていた。右側は水道の蛇口が四つほど並ん
だ、流し場兼炊事場兼洗面所。左手に部屋が五つ並んで、岩田の部
屋は手前から三番目、ちょうど真中である。

 僕は二号室のドアをノックしてみた。一週間ほど前のことだった。

「すいません」
 そう言ってから僕はドアに耳を近づけた。誰かいる気配がした。
「すいません」

 もう一度ノックしながら声をかけた。

<第25話>いつもの電話(四回戦ボーイ)-3 ( メールマガジンバックナンバー )
「大山ですが『お客様係』のヤマザキさんお願いします」  電話を受けたのは金沢温子だった。金沢温子が電話機の保留ボタ ンを押したのを確認して、「誰から?」と聞いた。
「大山さんという方です」
「わかった」
僕は大山からの電話を保留にしたまま先ほどから溜まっている大山
とは関係のない書類に目を通すことを意図的に止めようとはしなかった。
 三分も経過しただろうか。
「どうもお待たせ致しました、ヤマザキですが」
「アッ、どうも大山です」
 大山は少しだけイラついていた。
「お忙しいところ、たびたびお電話ありがとうございます。いかが
ですか、大山さん?一万円はご入金いただけましたか?」
「イヤー、ちょっとダメだなァ━━━━━━」
「『いゃー、ちょっとダメだ』?どういうことなンですか?そのい
ゃー、ちょっとダメだというのは?どういう意味ですか?」
 僕はあえて下らないことで感情的に怒ることにした。今までは親
身に話を聞いてあげておいて、そんなに大変だったら僕の方で待っ
てあげてもいいといった口調で恩を売っておく、そしてなるべく下
らないことで突然感情的に怒る。そのことで支払い不良となった顧
客との立場はこちら側に有利になる。
「イャ、あの、スミマセン」
「『スミマセン』!?何がどうすまないンですか?すまないのはこ
っちの方ですヨ」
「━━━━━━」
 相手にもう何を言っても駄目だと思わせることができたら、成功だ。
「いいですか、僕としては大山さんの事情も本当に良くわかる。本
当に今大変だと思う。だから僕は、大山さんの支払いを待ってあげ
たいと思ってるンですヨ。たった一度の支払いがうまくいかなかっ
たためにずっと大山さんに嫌な思いをしてほしくないンですヨ」
「ハィ━━━━━━」
「なのにナンですか!『いゃー、ちょっとダメだ』というのはどう
いう言い方ですか?今だって大山さんの件は僕の力で個人的に止め
てやってるンじゃないですか!それが八千円は払える。しかし一万
円は払えない。そんなことが許されると思いますか?本来でしたら
先月末に二万三千円を払っていただくところを今回は大山さんが特
別な状況で大変困っていると言うので翌月の今日まで待ってあげて
るンじゃないですか!」
「イャー、あのー、スミマセン━━━━━━明日になれば必ず一万
円は払えると思いますから━━━━━━」
「『思います』だァ!大山さん、僕は悲しいですヨ。大山さんは一
度でも僕に誠意といったものを見せてくださったことありますか?」
「━━━━━━」
「僕も、以前大山さんのような状況に自分もなったことがあります
ヨ。だから大山さんが大変なのは本当に良くわかるから、上司を何
とか説得したんじゃないですか」
「スミマセン━━━━━━」
「今日払ってくださいヨ。明日払えるなら今日でも大丈夫でしょ
う?僕は上司に交渉して待ってあげてるンですヨ。大山さんも一度
くらいは僕に誠意を見せてくださいヨ。本当にどうなっても僕は知りませんヨ」

 その日の夕方、大山は会社まで一万円を持参してきた。僕はでき
るかぎり優しく大山に接することにした。
「大山さん、さっきは、感情的になってしまってお恥ずかしい」
「私の方こそ失礼しました。近々必ず残りを支払わせていただきま
すのでよろしくお願いします」
 この調子で残りの一万三千円を回収するのに一週間かかった。

 こんな芝居を毎月のように打っていると、どれが本当の自分かを
見失いそうになる時がある。しかし、信じられないであろうが、こ
うでもして芝居をしないと懲りない面々は約束通りに絶対支払って
はくれないのも現実なのである。

<第24話>いつもの電話(四回戦ボーイ)-2 ( メールマガジンバックナンバー )
「もしもし、大山と申しますが『お客様係』のヤマザキさんいらっ しゃいますか?」 正確に二時に大山は電話してきた。エライ奴だ。
「少々、お待ちください」
 僕は、吉岡友美が電話を保留にしたのを確認した。
「誰から?」
「大山さんという方です」
保留にしたボタンを解除すると、僕はいかにも電話を待っていたと
いう口調にした。
「ヤマザキです。大山さんですか?」
「大山です」
「アッ、どうもお忙しい中お電話ありがとうございます。それで一
応上司には僕の方から話をしたらですネ、一応その二万三千円の一
部でもご入金いただいてですネ、それでもう少しなら待ってもいい
という話にはなっているンですヨ、大山さんの方は何とかなりませんか?」
「すみません、本当に」
「マァ、たいしたことはできませんけど、大山さんの状況が状況で
すからネ。僕は僕の方でできるかぎりのことをしようとは思ってま
す。大山さんの書類も今僕のところで止めてあるンですヨ。ですか
ら大山さんは大山さんでできるだけのことをして誠意というものを
見せてほしいンですヨ」
「わかりました━━━━━」
「それでお支払い額の一部ということですが、━━━━━大山さん、
今でしたらいくらぐらいお支払いいただけそうですか?」
「半分位とか?━━━━━」
「ンまァ━━━━━八千円位でしたら━━━━━」
「八千円ですか?せめて一万円何とかなりませんか?」
「一万円ですか?━━━━━━」
「ええ一万円でも本来のお支払額の半額にもなってないンですヨ」
「━━━━━━」
「一万円をですネ、明日お支払い頂いてですネ」
「明日ですか!」
「大山さん、それで残りの一万三千円については明日までに僕が上
司ともう一度交渉するということで何とかしていただけませんか?」
「しかし━━━━━━現実には八千円でも大変なんです」
「まッ、確かに大変かもしれませんヨ、大山さんだって毎日食事を
しないわけにはいけませんからネ。でもいいですか?仮に毎日800
円のランチを食べているンでしたら、大山さんにもこの件に関して
は非があるわけですから、五日間は立ち食いソバか何かにしていた
だいてですネ、毎日400円でも浮かせれば、何とかなるジャないですか!」
「━━━━━━」
「大山さんに二千円ぐらい貸してくれる友達がいないとは思えませんヨ」
「まァ、そう━━━━━━」
「こんなこと言っては何ですが、僕は大山さんがいつまでもこの件
で嫌な思いをしてほしくないンですヨ」
「はい━━━━━━」
「今回の支払いが悪いというだけでですネ、車を買いたいとかマン
ションを買いたいという時期に僕は大山さんにつらい思いをしてほ
しくないンですよ。今は僕のところで大山さんの書類は止めてあり
ますから何とかやってみてください。僕も頑張りますから、大山さ
んも頑張ってみてください」
「わかりました、やってみます」
「それではまた明日なンですが、大山さんお忙しいでしょうけど、
ご入金していただけましたら『お客様係』のヤマザキ宛にお電話い
ただけませんか?そのことをまず上司に報告して僕がまた交渉しますから」
 毎月の僕たちの決済は、その顧客の支払い日や振込みか持参払い
かといった支払い方法によっても違うが、振込みが月末の支払いに
なっている顧客の最悪の場合、翌々月の10日までに回収することが
義務づけられている。この大山の場合も10日までに回収してこそ意
味があるのであって、大山の言うように25日に回収したのでは、回
収しないに等しく僕たちのセクションでは『取りこぼし』というこ
とになってしまう。
 この大山のようなケースで一番問題となるのは相手との連絡が取
れなくなることだ。それにもし相手が開き直って「払えないものは
払えないンだ」となると僕たちの仕事は必要なくなるし会社として
も損害になる。大山自身が今現在ほとんど支払い能力がないことは
わかっている。それで彼がクレジットカード会社のブラックリスト
に載って今後一切クレジットカードや一般の信用取引が不可能にな
っても構わないと、本人が言い出すのが最悪である。民事調停にで
も持ち込まれてから回収したのでは金利はおろか全額回収できるか
どうかも危ないという状態になるのは明らかであった。現在の大山
のように払えないものをいかにして回収するのかが僕たち『お客様
係』の腕の見せ場であり、一番力量の問われるところでもある。

<第23話>いつもの電話(四回戦ボーイ)-1 ( メールマガジンバックナンバー )
 ●第一ラウンド  「もしもし、ヤマザキと申しますが、そちらに大山浩さんおみえ でしょうか?」  「ハイ、私ですが」 「あの、私クレジット会社のヤマザキと申しますが、今月のお支払 いの件なンですが━━━、残高不足で引落ができなかったのですが」
 「アッ、すみません」
 「で、その件でこちらからお振り込みの用紙などを送らせていた
だいたと思いますが」
 「アァ?来てたかナ━━━」
 「三日前には送らせていただいているはずですので、着いていると思います」
 「アッ、来てたと思います」
 「それで期日がかなり過ぎていますので、早急にお振り込み願えますか?」
 「明日にでも払いに行きますヨ」
 「そうですか。明日お振り込みということですネ。では必ず明日
どこの銀行でも結構ですのでお振り込み願えますか」

 大山浩は過去にも支払い不良に何度か陥っていた。僕のディスプ
レイには『98』という数字が顧客コードとして打ち出された。その
ことは彼が過去に15日以上延滞をしたことを意味している。この手
の顧客は要注意である。こちらが高飛車に出れば間違いなく開き直
られて、回収がよけいに遅れることは明らかである。

 ●第二ラウンド

 僕は電話では基本的に優しく話しかけることにしている。大山が
約束通りに翌日に振り込んだかどうかということは、僕たちには明
後日にならないとわからない。当然振り込まれていない時は、再三
に渡って催促の電話をすることになる。

 「もしもし━━━━大山さんですか?先日お電話しましたヤマザキと申しますが」
 「あァ?━━━━」
 「御入金の方がまだなンですが━━━━」
 「なるべく早く払うようにしますよ」
 「いつ頃、御入金していただけますか?」
 「忙しくてなかなか銀行に行けないな」
 「では今日にでもご集金にお伺いさせていただいてよろしいですか?」
 「いや、今日はもう出かけるからな━━━━」
 「では、お戻りになられるのはいつ頃ですか?」
 「ちょっと忙しくて何時に戻ってくるかわからないな」
 「しかしですね、はっきり申し上げますと今日の時点で既に、一
ヵ月はお支払いの方が送れているわけですよネ。それで先日お電話
でお約束いただいた日には振り込んでいただけない。集金にもお伺
いできない。そうなりますといつお支払いいただけるかだけでも今、
確実にお約束いただけませんか?」
 「━━━━━━━━」
 「今月分は二万三千円なンですヨ。大山さんいかがですか?」
 「イヤー、今月はちょっとお金がなくてね」
 「でしたらなぜ最初にそうおっしゃっていただけないのですか?」
 「スミマセン、でも給料日が25日なのでその日には必ず払いますから━━━━」
 「しかしですネ、大山さん。本来のお支払い日は月末ですよネ、
ではどうして先月のお支払いは給料日の後なのにお支払いいただけ
なかったのですか?」
 「━━━━━━━━」
 「先日も大山さんが明日必ず振り込んでいただけると言うことで
僕の方もお待ちしていたンですヨ。できないならできないとどうし
てお電話の一本もいただけないのですか?お金がないならないとど
うして一言おっしゃっていただけないのですか?僕の方でも何らか
の形でお役に立てたかもしれないじゃないですか!」
 「イヤー、本当にヤマザキさんには申し訳ないと思っています」
 「いいですか大山さん、仮にその給料日に先月分を払っていただ
いたとしてですネ、では今月分はどうなさるおつもりなンですか?」
 「まァー、そうですね━━━━」
 「よけいに大変になるだけですヨ、大山さん」
 「そうなンですが━━━━、ここのところ急に何かと物入りでして━━━━」
 「物入りなのは、物入りでそれはそちらの問題ではないですか?
今問題にしているのは、大山さんが先日僕にお約束いただきました
よネ、明日払うと大山さんがそうおっしゃるから僕としてはお待ち
していたわけですヨ。ネ、いいですか?それで今日こうして大山さ
んにお電話したら月末まで待ってくれと。そんなことハイそうです
かわかりましたと僕として言えるとお思いですか?払えないなら払
えないとどうしてハッキリ最初におっしゃってくださらないのです
か?今はお金がないが何日までは払えるからそれまで待ってくれな
いかと、そう言ってくださるのがスジというもンではないですか?」
 「本当にスミマセン、私の方も会社の車をブツけたりしてちょっ
と出費が重なってしまって大変だったんです━━━━」
 「そうなンですか━━━━僕としては大山さんが大変なのはわか
りました。そういうことはもう少し早く言っていただけませんか?
大山さんも大変でしょうから僕の方でなンとか手をつくしてもう少
しお待ちできるようにしてみますヨ」
 「スミマセン」
 「明日の二時に必ず僕は会社にいますから、お電話いただけます
か?それまでに僕の上司の方と掛け合ってもう少しお待ちできるも
のなのかどうかやってみますヨ。それでどうなったかを二時でした
らご報告できるかと思いますので、必ず二時に『お客様係』のヤマ
ザキまでお電話いただけますか?」
 「申し訳ないです。ヤマザキさん━━━━明日二時にお電話します」

 この場合の二時というのがポイントであると僕は考えている。大
山のように会社員の場合、これが十二時や一時ではお昼休みの時間
に簡単に電話できてしまうのであまり意味がないのである。あくま
で仕事中に仕事を一時中断して、なおかつ当然会社の電話からは間
違っても電話できる内容ではないので、公衆電話まで脚を運ばせて
電話をさせることに意味があると考えている。この場合、顧客には
上司の承諾を取るとはいうが、別に上司に相談をすることはまずな
い。支払い不良者たちはいくらでも言いわけを持って来るから、そ
の一つ一つをまともに聞いていたらとても回収できなくなってしまう。

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